ここもその一つ。
自分が何者なのか。
よくこれを考える。
私は依存症者で、
自分の足では生きてこられなかった人間だ。
誰かを頼り、
何かを使い、
やっと生きてきた。
ずっと自分はひとりで生きてきたと思っていた。
愚かな人間だ。
生きるって何だ?
幸せってなんだ?
考えてみれば、住む家があり、仕事があり、子供がいる。
私は幸せだよ。
いつも私は「もっともっと…」とおもってきた。
もっと幸せになりたいと思ってきた自分があまりにも高慢だ。
自分に相応しい幸せを…とでも思っていたのだろうか?
こんな情けない自分はなかなか変えられない。
まず、自分の一人の力で変わっていこうと思うことが高慢だ。
今あるものを慈しみ、
大切にし、
毎日の小さなことが幸せだと思うことが
本当の幸せになれる方法なのではないか。
突然に大きな幸せはやってこない。
小さな積み重ねではないのか。
自分を大切にする。
そういうことなのではないのか。
小さなことを幸せに思い、
周りの人間を大切にし、
常に自分でない人間の心を察する。
傷つけないように努力する。
そして感謝する。
それが自分を大切にするということなのではないのか。
私は、知らなかった。わからなかった。
自分勝手に生きてきた。
自分中心の生き方だった。
今の苦しみは当然なものなのか。
苦しくって当たり前。
誰のせいにもしない自分の足で歩く生活をしたいと願うなら、
苦しいよね。つらいよね。
いま、ようやく唐突にやろうとしているのだから。
人がどうであるかではなく、自分はどうなのか。
そんな考え方をしたい。
例えば、つらい出来事には、人のせいにせず、
自分として、感情的にならず対応できたか。
人に流されてはいないか。正しいと思うことができたか。
考えて、行動したい。
切にそう思う。
今までできなかったことを後悔などはしていない。
今そういう気持ちはない。
誰かに申し訳なかったと思う気持ちはあっても、
病気だったのか。。。と納得できる。
病気でなかったなら、こうはならなかったのだろうとも思う。
誰かを恨んでもいない。
今を生きるって、精一杯生きるって、
そういうことなのかなぁ…。
私は自分を生きたい。
自分を愛したい。


